彩雲追月〜くるくる猫目日記・改

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zoom RSS 今年最後の真面目なレッスンの話。

<<   作成日時 : 2006/12/20 00:20   >>

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今年しめだというのに、3曲の練習曲のうち1曲しか
まともに出来てなくて、もう素直に「すみません」
としか言いようが無く・・・。



どんなに時間が無く、どんなに忙しくても
続けますからと、老師に宣言してきた。
「螺旋階段を上っていくように、去年の今頃より
上にいることが感じられればいいんです。」
と言うと老師、
「人生そのものがそうですね。」
と言われた。
「仕事も色々忙しいのに日本の人は何かを習うとういう気持ちがあって偉い。
ボクは、何か別のことを勉強なんてできませんから」
とおっしゃった。
とんでもない。
私は、老師が異国で、芸術家として二胡一本で生きている、
その上、何か大きなものを伝えようとしていらっしゃることだけで
すごいと尊敬しているのだ。



私が課題をこなせてないので、
勢い二胡論に話が発展した。
中国では二胡は田舎の民族楽器(老師いわく)だから、
コンサートもやらないし、(上海に行ったとき、今はバイオリンが流行ってて
二胡のライブなんかやっていないと言われたっけ)
演奏家も決まった曲しか弾かない
例えば『二泉映月』『空山鳥語』など
私たち外国人から見るとそういう中国の伝統的な曲は魅力的だが、
芸術という観点からすると、新しい創造は不可欠で
西洋音楽や、現代の音楽を取り入れ、
新しいものに発展させる・・・。
それが出来るのが日本だとおっしゃっていた。
(というか概要。私が中国語が堪能ならもっと
高度な話が出来ただろうが、老師も日本語で言い表しにくい
ことが多いようで、解りにくいところは推測でカバー)


レッスンが終わってから、
ケーブルTV局で製作した
老師が故郷に帰った折の番組ビデオを他の生徒さん達と見た。
老師のお父さんやお母さん、恩師、友人や、中国にいた頃二胡奏者として
所属していた芸術団のようなところが映像として見られ、
親近感が沸いた。



画像
 
         上海豫園のスターバックスコーヒー。
         歴史的建物の中に不思議にはまっている(本分の内容とは関係なし)



最近いつも思うのだが、
私にとって“本分”て何だろう?
もちろん実生活において仕事が生活のほとんどを占めている。
しかし二胡に出会い、上手くなりたいとプロの中国人の老師についた・・・のに練習しきれない。
老師にはまだ言っていないが、あちこちで演奏していてその練習にも時間をとられてる。
それに付随して中国語も始めたら、面白くなってどんどん新しい知識が欲しくなる。
茶道も面白さが少しだけど解ってきた。
・・・・・・
自分の首、しめてるか?
色々手を出しすぎて全てが不完全。
といって、いまさらどれも止められない。
なぜこんなことになってしまったやら・・・
“これもまた人生〜”かな?
すぐに答えを出せなくてもいずれ絞り込まれていくのだろうか?



画像
 
       上海・東洋一高いグランドハイアットの展望室から屋内のロビーを見下ろしたら・・・
       今の気分に似てる。







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